今から18年前の1996年、巨人軍 長島監督がつくったメークドラマ。11.5ゲーム差の最下位からの奇跡的な逆転優勝を飾った年の投手陣の一人に、河野博文さんがいました。
ニックネームは「ゲンちゃん」。がっしりした体形で、中継ぎ投手として活躍していたのを覚えている方も多いと思います。
その後は、千葉ロッテマリーンズに移籍し、2000年、戦力外通告を受けプロから引退しました。
39歳の時、河野さんは妻広子さんのおじさんが経営する会社で、サラリーマンとして働きはじめました。
そんな時、妻広子さんに乳がんが見つかりました。すぐに手術し、広子さんの闘病生活が始まりました。
その後、河野さんにチャレンジ・リーグ群馬ダイヤモンドペガサスでのコーチの話しがあり、広子さんを残し群馬に単身赴任しました。
河野さんは、病気の広子さんを気遣いコーチの話しを断ろうとしたのですが、奥さんの強いすすめで群馬に行くことを決意したそうです。
河野さんが群馬でコーチとして活躍しているとき、広子さんの乳がんが再発、医者から余命1ヶ月を宣告され、41歳の若さで亡くなりました。
広子さんを失って失意の底にある時、元西武の駒崎幸一さんから「農業をやってみないか」と誘われたそうです。
河野さんの選手生命を支えるため、広子さんが食事に気をつかい一生懸命健康管理をしてくれたことを思い出し「無農薬で安全な食品をつくろう」と決意しました。
そして、農業の基礎を一から学び、玉ねぎ栽培を始めました。
2013年には、その玉ねぎを使って餃子をつくる食品加工会社「ゲンちゃん」を、群馬県高崎市に設立。
げんちゃんの玉ねぎは、農薬を一切使わず栽培した甘さたっぷりの味が自慢だそうです。
げんちゃん商店「げんちゃん餃子」はネットでも売ってます。
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元読売巨人軍、河野博文が育てたこだわりのたまねぎを、餃子の餡に75%使用したいまだかつてない… |
※写真はすべて、げんちゃん餃子のサイトからお借りしました。