私たちの命を守ってくれる医師たち。
一人でも多くの患者をす救うため、自分の全力をつぎ込み現場にたつドクターがいっぱいいます。
彼らのスケジュールは、凄まじいものです。数時間に及ぶ手術を数件こなし、食事をゆっくりする暇もない。
回診、診療、緊急患者の処理、体力、気力のすべてを医療現場に捧げ、私たちの命を守ってくれています。
今回紹介のドクターは、そうした医療現場の最前線にたつ世界でも認められたスーパードクター3人。
なんと、そのうちの2人は女性です。
藤田保健衛生大学病院 脳神経外科 加藤庸子先生
くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤。この瘤が破裂し出血すると、脳に致命的なダメージを起こします。
脳ドックやCTなどで診断され破裂前に発見されるか、くも膜下出血が発症し救急車搬送されるケースがあります。
どちらにしても、これ以上瘤を破裂させないよう適切な処置が求められます。
加藤先生は、動脈瘤の根元を小さな金属製のクリップではさんで瘤内に血液が流れ込まないようにする「クリッピング術」の名医です。
脳外科の手術は、極度の緊張状態の中で長時間にわたることが多く、しかも、ノーミスの作業が要求されます。
加藤先生のお父さんは開業医で外科医でした。その姿を小さいときから見て育った加藤先生も同じ道を辿りました。
結婚より仕事を選んで、今は88歳の母親といっしょに住んでいます。料理も作りますが、せっかちで雑な料理だと語ります。
お母さんと犬と暮らす生活は、質素そのものでした。
加藤先生のものとには、医者から見放された患者が全国から集まります。
先生は、難しいときは難しいとはっきり患者さんに伝えます。「手術はしますが、難しい場合には勇気ある撤退もありえます」ときっぱり伝えて手術に挑みます。
今年60歳なる加藤先生は、週3回の手術をこなしてます。
世界脳神経外科学会の要職にあり、日本の学会でも理事になるそうです。
「女性医師がしっかり働ける環境もつくりたい」と語り、発展途上国の医療の現場にも立ちます。
「ひとつで多くの命を助けたい」加藤先生は、できる限り現場にたち続けたいと語ります。
聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 北野夕佳先生
救命救急センターの最前線にたち、次々と運び込まれてくる患者さんを適切な診断で処置していく。
救命救急センターは、豊富な知識と経験、正確な判断力が要求されます。
北野先生は、内科でも色々な疾病ごとにわかれる専門医が多いなか、内科に関する総合的な知識をもつ「米国内科専門医」の肩書きをもつスーパードクターです。
この肩書きをもつ医者は国内には数少ないといいます。
北野先生は、40歳。小学5年、3年、2歳の子供をもつ母親でもあります。
超ハードな現場として知られる救命救急センターの現場にたちながら、「鑑別診断」指導、家庭の主婦をこなす彼女のスーパーぶりが発揮されます。
北野先生は、患者さんのデータや容態から患者さんの状況を診断する「鑑別診断」のエキスパートです。
鑑別診断とは、患者さんの10%の見落としを防ぐための診断法です。
運び込まれた患者さんの命を守る処置をしながら、同時にその原因をあらゆる方向から探していきます。
取材の時に、意識障害の高熱の男性が運び込まれてきました。
彼女は、この患者が運びこまれる前から、データを解析し、細菌性髄膜炎と推測、患者を見ながらその裏付けを探っていきます。
結果、患者さんは先生の推測通り髄膜炎でした。処置が遅れたり診断が誤れば命を落とす危険な状態でした。
彼女の的確な診断、行動は、多くの緊急救命医ドクターに尊敬されその目標とされています。
水戸済生会総合病院 救命救急センター須田高之先生
ドクターヘリ、今地方を中心に配備されるようになり、そのお陰で、多くの命が助かるようになりました。
茨城県にドクターヘリが配置されたのが2010年。現在は年間580件も出動するそうです。
水戸再生会総合病院のドクターヘリは、車で3時間の距離をたった25分で移動します。
ドクターヘリに出動命令がくだると、ドクターは機内で患者に関する色々な情報を入手し、到着時には処理方法から手順がすべて完了しているといいます。
患者の命は1分1秒が生命線。素早く適切な処置が求められます。
須田先生は、今年60歳。その還暦ドクターは、麻酔医です。他の医師なら手間取ることの多い気管挿入は、数秒で完了すると言います。それゆえ、「挿し物屋の須田」と呼ばれています。
須田先生の原動力は、20年前に起こった「新宿バス放火事件」だと言います。火傷をしたたくさんの患者さんを前に、何もできなかった自分を忘れることなくMr.ドクヘリとして頑張っています。