誰もが経験したことがあるしゃっくり。普段はいいのですが、静かな席で起こってしまうと恥ずかしくなってしまいますよね。

しゃっくりは、横隔膜のけいれんと声帯の閉鎖が同時に起きたときにおこります。その動作をコントロールしているのは、呼吸や嚥下をつかさどる延髄です。

しゃっくりを簡単に止めるには、「指で耳を塞ぎ30秒間押す」といいそうです。延髄は耳とつながっているため、耳を刺激すると延髄の興奮を抑えることができるためだそうです。

病気が原因でない、普通の人の場合は、この方法で70%の人が止めることができるとか。よく出る人は、記憶の片隅にいれておいてください。

しかし、今回の50歳の男性患者は、2週間ほど前から、ところ構わずしゃっくりがでて、一度でると5時間も続くこともあるそうです。

sakuri

そのため、仕事にも差し障り、夜はしゃっくりで寝ることもできないこともあります。

何年もしゃっくりが止まらない人がいて、その人は脳内出血が原因だったという話しを聞いたことがあります。

今回の患者さんも、やはり脳が問題なのでしょうか、それとも神経などの問題なのでしょうか・・。

大阪医科大学附属病院 鈴木富雄先生が、若き研修医たちをアシストし、病名解明へと導きます。

しゃっくりが止まらない原因の裏に大病が・・

●患者さんのデータ
・50歳男性、保険会社の営業所長をしている。
・このところ業績が伸びず悩んでいる。

・商談の最中、食事中、ところかまわずしゃっくりがでる。
・タバコは1日1箱吸っている。

・5時間止まらず、近くの病院へ行って検査を受けたが原因はよくわからないと言われた。

【病院での検査結果】
・尿酸 8.4 ・血糖値 245 ・総コレステロール 280 
・中性脂肪 320 ・胸部レントゲン 異常なし

とくに問題はないと言われ、処方薬として睡眠薬、軽い安定剤を処方された。薬を飲んでも症状は改善しなかった。

【問診】
・最近熱がでたことはない。せきは少しでる。
・酸っぱいものがこみ上げたことはない。便の色が黒くなったことはない。

・腹痛はなし。お腹の触診では、どこにも痛みなし。
・頭痛やめまいはおきない。

【患者の基礎データ】
・体温 36.4度
・血圧 168/96
・脈拍 86回/分

ファースカンファレンス

●胸部大動脈瘤(3名とも同じ診断結果)

しゃっくりは横隔膜の痙攣から起こります。その運動は横隔神経が司っています。胸部大動脈瘤が大きくなって、横隔神経を圧迫し、横隔膜が痙攣したためとの判断です。

また喉に繋がる反回神経が、動脈瘤によって働きが悪くなり、声が荒れる、むせるなどの症状が現れます。

血糖値、コレステロール、中性脂肪が高く、喫煙などもしているので血管の痛むリスクもあることから可能性は高くなります。

【合わないところ】
・胸が締め付けられたり、胸の痛みがない
・レントゲンをとったとき問題がなかった

【しゃっくりを起こす他の病気の可能性】
・縦隔腫瘍、喉頭・咽頭の腫瘍、肺がん、胃がん、ペースメーカーの刺激

●追加の診断
・身体診察で、脳や神経には問題はなさそう。
・食欲が多少なくなった。あまり味がしなくなって、おいしくなくなった。

総合診察の原則は、問診と身体診察で絞り込んだ後で、必要な検査をすること。

セカンドカンファレンス

頚静脈孔症候群・・口を開けたときカーテン徴候が見られた。これは舌咽神経と、迷走神経によっておこる。これらの神経は頚静脈孔を通っている。(迷走神経麻痺)

咽喉頭がん・・咽頭部にできたがんのため舌咽神経と味覚障害がおこっているのでは?

その他の可能性・・延髄
延髄は脳の一番下にあり、外側と呼ばれる部分には、迷走神経、舌咽神経、交感神経など重要な神経が通っています。

外側に障害があれば、めまい、温度感覚の異常、体の片側だけの発汗異常などの症状が現れます。また、しゃっくりは、延髄網様体が関係していることがわかっています。

患者の温痛覚のテストをしました。ボールペンを頬にあて、滑らせたところ片側のすべりが悪く、発汗異常がありました。また、ティッシュを両頬につけても、発汗の違いを判断することができます。

最終診断

延髄外側症候群でした。

延髄外側症候群は、延髄に血液を送る血管がつまる脳梗塞などの発症で引き起こされる病気です。

脳梗塞によって刺激された延髄網様体は、しゃっくりを起こす信号を頻繁にだし、それが横隔膜と声帯に伝わりしゃっくりが出続けていたのでした。

延髄外側症候群は、教科書的には温痛覚の障害がでてくるとあるので、患者の症状もないことから除外しがちになります。

それは、小さな脳梗塞だったため典型的な症状が現れなかっただけ。

小さな脳梗塞の場合、MRIでも見逃しがちになるが、問診と身体診察をしっかりし、そこに問題があるのでは・・と絞り込んだ上で、MRIをみると見逃すことがない。

●治療
抗血小板剤の服用と、のどのリハビリで回復しました。

喫煙や飲酒により引き起こされていた延髄外側症候群。患者さんは再発の防止のため、禁煙や生活習慣の改善に取り組むことになりました。

鈴木富雄先生からのアドバイス

研修医が覚えている延髄外側症候群は、あくまでも教科書的な知識にすぎない。でも、その知識は国家試験に受かるための方便にすぎない。

医学は、どこがやられるとどういう症状がでるかというのを、解剖学的に、病態生理学的にきちっと整理して、一つずつ論理的に解いていくものです。

方便から抜けだして医学をすることの勉強が大切です。それが総合診療医の本態です。