長旅の船の場合には船内に医者もりっぱな手術室も備えています。しかし、飛行機の場合には、そうもいきません。

でも、海外へ行く場合には、10時間以上も機内で過ごすことがあります。そんなときに急患がでたら、どうすればいいのでしょうか?

よく、キャビンアテンダントが「どなたか、お医者さんはいませんか?」というのはドラマなどでありますが、実際はどんな様子なのでしょうか。

もし、医者がいても、診断する道具も治療機器ももっていない・・。今回は、そんなケースに実際に遭遇した、ドクターGこと福井大学医学部 林寛之先生が、緊急時の対処法を研修医に教えてくれました。

航空機内で急患の命を救う方法

ハワイで2人だけの結婚式をあげるため成田を出発して1時間、1万フィートの上空で、突然新郎が胸の苦しさを訴え倒れてしまいました。

男性は32歳、会社員、172cm65kg。
・今までこんなことはない
・入院や怪我、手術の経験なし
・胸に痛みなし
・下肢のむくみなし
・お腹の痛みなし
・横になっても痛みはかわらず
・眼球の揺れ(眼振)なし
・トイレの戻りめまがして倒れ呼吸困難に
・基礎データ

酸素飽和度機器なし、聴診器はエンジン音で聞こえず

搭乗2時間前・・頻繁に飲みものを飲みトイレへ
3日前・・家で飼っていたうさぎで咳こむことも

ファーストカンファレンス

・肺血栓塞栓症(エコノミー症候群)
長時間同じ姿勢で下肢に血栓ができ、肺に詰まり呼吸困難に。糖尿病の人に多い。若い人では、手術や外傷で入院した人、ピルを服用している女性に多い。

・糖尿病性ケトアシドーシス
糖尿病が重症化することでおこる。ケトン体がたまると息苦しくなる。糖尿病患者で、スポーツドリンクなどを多飲すると起こることも。吐息からケトンの香りで診断。
→ケトン臭なしで可能性低い

・大動脈解離
大動脈の内側の膜が裂け、血流が妨げられる。背中や胸の激痛、息苦しさを感じることも。
→激痛なしで、可能性は低い

その他の可能性

・気胸・・肺に穴があき空気がもれだす。息苦しさと胸の痛み
・ぜんそく・・チリやホコリでアレルギー。呼吸困難の発作を繰り返す
・急性喉頭蓋炎・・のどの喉頭蓋が炎症で腫れ、空気の通り道が塞がれ息苦しくなる。

・過換気症候群・・不安やストレスなどが原因で呼吸がどんどん速くなる発作。手足のしびれ、めまい、多くは自然に改善する

20以上の症状と照らし合わせ絞込りこんでいく。

最終診断

過換気症候群でした。

患者の呼吸は、ぜん息(吐くのがつらい)や急性喉頭蓋炎(吸うのがつらい)のものではなく、速くて浅いこと。手を突っぱっていたことから、過換気症候群を疑い、10分ほどゆっくり息を吐くようにさせ話をさせ様子をみることにした結果、患者の様態は改善しました。

キャビンアテンダントが突然呼吸困難に

30歳女性キャビンアテンダントが突然、呼吸困難になる。
・右胸が痛い
・脈が少し早い
・リンパ、機関、頸元、異常なし
・下肢のむくみなし
・生理中でないが、ピルを飲んでいた
・血圧が急変し生命の危険な状態

この患者さんの場合は、緊急性気胸と肺血栓塞栓症に絞られました。

緊急性気胸は、胸にあいた穴から漏れた空気が肺の外にたまり呼吸ができなくなる病気です。心臓まで圧迫するようになると急に血圧が下がり、およそ30分で死に至ります。注射針を刺し、空気を抜く必要があります。

肺血栓塞栓症は、ピルなどにより血栓ができ、肺の動脈がつまり命の危険がある病気です。気管挿入し空気を送りこむ必要があります。

この2つの診断を下す決定的な所見はなく、空気を抜く、空気を入れる、というまったく真逆の処置が必要です。

林寛之先生がとった行動は、まず、肺血栓塞栓症に想定しての気管挿管でした。しかし、同時に空気を抜くための注射針とチューブを用意しての処置です。

気管挿管して空気を送り込み、胸の動き、頸動脈の怒張、皮下気腫を確認し、肺血栓塞栓症を直ちに否定し、緊張性気胸の最終診断を下します。

多くの空気を抜くため、肺の横を切開しチューブを差し込み、抜いた空気が戻らないようにチューブの先を水を入れたペットボトルに差し込み、逆流を防ぎました。

キャビンアテンダントは呼吸を取り戻し、着陸後緊急搬送され、一命を取り留めることができました。